哀川翔の生い立ちと怖い話!エピソードや逸話まとめ!

哀川翔


Vシネマの帝王と呼ばれる、哀川翔さん!
その生い立ちや、なぜか笑える怖い話!

伝説ともいえる、エピソードや逸話など!
いろんな哀川翔さんを『まじめ』にインフォテインメント!
してみました!

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哀川翔の生い立ち!

哀川翔(あいかわ しょう)
【本名】 福地 家宏(ふくち いえひろ)
【生年月日】1961年5月24日
【出身地】 徳島県徳島市
【血液型】 AB型
【星座】 双子座
【身長】 178センチ
【趣味】 釣り・ゴルフ・カブトムシとメダカの飼育

哀川翔

哀川翔さんは徳島県徳島市生まれ。

父親が海上自衛隊の航空幹部だったため、その転勤に伴って、山口県岩国市、栃木県宇都宮市、さらには千葉県館山市などを転々としました。

しかし、哀川翔さんが5歳の時、父親が訓練中に事故死します。

当時、臨月だった母親の代わりに、哀川さんが父親の遺体を確認したんだそうです。

その後、母親の実家である鹿児島県鹿屋市に移り住み、高校卒業後、東京工学院専門学校へ進学します。

専門学校在学中には、雑誌『ポップティーン』の創刊に伴い、アルバイトの雑誌記者として飛鳥新社に出入りします。

ちなみに、その時使っていたライター名は、“哀川翔”を英語風になぞらえて「ショウ・ロンリー・リバー」と、名乗っていたんだそうです。

❓❓❓ でも、この頃はまだ本名の“福地 家宏”さんだったんじゃ・・・

どうやら哀川さんは、「哀しみは川に流して翔べ」という言葉が好きだったようで、

漢字だけをピックアップして“哀川翔”と、自ら命名したんだそうです。

英語にすると、「Show Lonely River」

なるほど、この頃にはもう“哀川翔”という名前でいろいろ活動されてたんですね!

本人いわく、「この命名についてはホントにシャレだった!」と後に告白しています。

でも、この「哀しみは川に流して翔べ」という言葉。何かで読んだのか?それとも自分で考えたのか?

ちょっと調べてみましたが、それらしい言葉は見あたりませんでした。

もし、哀川さん自身で考えたとしたら、とてつもなくロマンチストですね!

素敵です!アニキ!

ちなみに、哀川さんの本籍地は生まれてからずーっと東京都。

なんでも、おじいちゃんが東京に住んでいたからなんですって。

哀川翔の怖い話まとめ!

以前、『とんねるずのみなさんのおかげでした!』に出演した際、数々の心霊体験をしたと告白していた哀川翔さん。

その時の証言に基づき、哀川翔さんの怖い話をまとめてみました!

哀川翔


【翔ちゃんのちょっと怖い】
  “座敷わらしの話”


かれこれ、16年以上も前に住んでいた家での出来事。

当時まだ1歳と2歳だった二人の子供を、哀川さんがわざわざ夜中に起こしてトイレに連れていってたんだそうです。

その夜、いつものように二人の子供をトイレに起こし用を足させていると・・・

いつの間にか、二人だったはずの子供が三人になっていたんですって!

そのもう一人の子供は3,4歳くらいのオカッパ頭で、哀川さんも最初はめちゃくちゃ驚いたそうなんですが・・・

なぜかもの凄い睡魔に襲われて、子供たちを寝かしつけたあと、自分もそのまま寝てしまったんだとか・・・

「あれは、座敷わらしとしか考えられない!」と語る哀川さん!

しかし、とんねるずの石橋やバナナマンの日村からは「寝オチはマズイっすよ~」となじられ、哀川さんは不機嫌に・・・

さらに石橋からは「どんな顔だったの?」との突っ込み!

「昭和の顔だよ!昭和の!」と哀川さん。

「昭和って、どんな顔なの?どんな顔なの?」と、さらに石橋に突っ込みが入ります。

「あとは、想像してくれよ!勝手に!」と哀川さん。

半ば投げやりな感じでみんなの爆笑を誘っていました!

哀川翔


【翔ちゃんのちょっと怖い】
 “トイレで見たボブカットの話”


西麻布の飲み屋で仲間とワイワイ飲んでる時に、哀川さんは一人トイレへ。

用を足して手を洗っていると、鏡ごしに女の人が自分の後ろを右から左へ通り過ぎていくのが見えたんだそうです。

最初は、てっきり後ろの通路を歩いていったんだと思っていたそうなんです。

しかし振り替えって見ると、その女の人が出てきた方向は壁になっていて、誰もそこから歩いて来れるはずがなかったんだとか・・・

その女の人は外人風で金髪。ヘアスタイルは“ボブカット”だったそうです!

石橋からは「かなり、飲んでたんでしょ?」「眠かったんじゃないの~?」と言われ、日村からは「また、夢オチだー!」とからかわれる始末。

さすがの哀川さんも、
「お前、殺してやろうか!!」💢💢💨

と、またみんなの爆笑を誘っていました!

哀川翔


【翔ちゃんのちょっと怖い】
 “追いかけてくる女の話”


これは後輩から聞いた話なんだそうですが、正月に故郷に帰ろうと兄弟3人で大坂から京都まで車で向かっていたんだそうです。

その中に喘息持ちの妹さんがいて、本当は吸入器がなければダメだったらしいのですが、たまたまその時は忘れてしまったらしく・・・

すでに車も動いちゃってたんで、“なんとかなるだろう”ってな感じで、そのまま京都に向かったんだそうです。

すると、京都に着いてから急に喘息の発作が出てしまい、調べると一件だけ喘息の病院があったんだそうです・・・

車でその病院を探して走り回ったらしいんですが、土地勘もないのでなかなか見つからず・・・

そうしてしばらく探していると、ある交差点の角に女の人が立ってたんだそうです。

そこで石橋や日村から「その人の髪型は?どんな髪型だったの?」と、しつこく話の腰を折られ、哀川さんも「ボブじゃないよ、ボブじゃ!」と、すかさず突っ込んでいました!

そして、“よし、あの人に聞こう!”と車から降りて近づき、「すいません、この辺に○○病院ってありませんか?」って聞くと、その女の人がこっちを向いて・・・

「わだじぃばぁ~、ごのまぢのぉ~もんじゃぁ~、あでぃばぁぜぇ~ん」

みたいな感じで、ちょうヤバイ声でしゃべったんだとか!

3人がびっくりして車で逃げようとしたら、その女の人が車の横に並んで走って追いかけてきたんですって!

そして、みんなから「そのあと、どうなったの?どうなったの?」と、ヤイヤイ突っ込まれますが、哀川さんが「いや、それどころじゃなかったし、聞いた話だから・・・」と言うと、石橋や日村からは「そこはちゃんと聞いといてもらわないと~、」「最後のところを~、」と散々責められ、哀川さんは「わかったよ!💢」「そこまで言うなよ!」と、ふてクサレながらまたみんなの爆笑を誘っていました!

哀川翔


【翔ちゃんのちょっと怖い】
 “犬の話”


いきなり「話は変わるんだけどさぁ、」としながら、「この間、ウチの犬がねぇ、“ママ”って言ったのよ!」と、哀川さん!

その場は大爆笑の渦に包まれ、「それ、ワンワンでしょ!」「ワンワン、ワンワン!」とからかう日村に対して「お前、殴ってやろうか!💢」と哀川さん!

みんなから「犬の髪型は?髪型は?」といじられ、「ボブじゃねぇよ!」と、また大爆笑をさらっていった哀川さんでした!

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哀川翔のエピソード・逸話まとめ!

哀川翔
実は哀川翔さん!高校時代までは体育教師を目指していたんです!

体育大学への進学を希望していたんですが、願書を出し忘れて受験ができなかったんだとか!

でも、映画スターになれたんですから、結果的には良かったですよね!

そして、いつも朝日が昇る前から起床し、家族が目を覚ます前に散歩をするといいます。

だから、もう夕方には眠くなって、20時か21時には就寝するんだそうです。

めちゃくちゃ健康的ですけど、夜中に撮影とかあったらどうするんですかね?

過去に一度、オールスター大運動会の短距離走に出場! 芸能人最速の男と言われた井手らっきょと対戦し、一度はリードを許しましたがゴール前で井手らっきょを差して勝利します!

2004年に出演した映画『ゼブラーマン』で、通算主演作品100本!という快挙を成し遂げました!

哀川翔
その後、竹内力と並んで“Vシネマの帝王”と呼ばれるようになり!

2005年、『日本アカデミー賞優秀主演男優賞』を受賞しています!

車好きで、撮影のためではありましたが、哀川さん自身もC級ライセンスを修得!

2010年には、自身のチーム「TEAM SHOW」を結成!ラリージャパンにも参戦しています!

2011年からは、「FLEX FEDERAL SHOW AIKAWA Racing」を結成!アジアクロスカントリーラリーにも参戦!

2012年にはクラス優勝も果たしました!

2013年からは監督業に専念していて、ドライバーにはタレント仲間のヒロミなどを起用しているそうです。
ひろみ

2000年頃から各メディアで、哀川翔さんの昆虫好きが紹介されました!

特にカブトムシについては、2015年までに約2万5000匹を飼育! 羽化させた実績があるとのことです!

今では「カブトムシ愛好家」としての知名度も高く、2015年公開の昆虫生態ドキュメンタリー映画『アリのままでいたい』の初日舞台挨拶を鑑賞しています。

その際、希望する人には自ら羽化させたカブトムシの成虫200匹(ペア100組)をプレゼント!

これは、東映の来場者プレゼント至上、初めての試みでもあったようです。

哀川翔
そして、なんと! 2015年に育てたカブトムシの中の1匹が全長88ミリメートルに達するという、世にも恐ろしいカブトムシを誕生させてしまいました!

普通のカブトムシとしては、世界記録と成りうる大きさだったので、ギネスブックへの申請をしたということです!

さらに、同年に羽化したカブトムシの中の2匹が、確率1万分の1とも言われる“雌雄モザイク”(雌雄同体)であった事が判明し話題に!

ちなみに、2010年の6月4日「ムシの日」には、哀川翔さんのお孫さんが誕生しています!

哀川翔

【哀川翔さんの武勇伝!その①】
六本木で光GENJIの諸星さんとたちと一緒にいて、何故か暴走族に囲まれてしまった時の話。

哀川さんは諸星さんに「おまえは有名人だから車の中にいろ!」と言って、一人、暴走族に立ち向かっていったんだとか!

哀川さんいわく「俺の場合はまだ大丈夫だったから(笑)」「諸星が出てきたら騒ぎになっちゃうからね!」ですって。

バイクで50台ほどいた暴走族に「もう帰ったほうがいいよ、君たちは」の一言で、ピシッ!とおさまったんだそうです・・・

ホントに肝が座ってますよね・・・💧

その時、哀川さんの中にあったものは「やっぱり、年上は強い!」の理論。

昔、哀川さんの同級生でむちゃくちゃ強い人がいたらしいんですけど、その人は自分の兄貴には絶対勝てなかったらしいんです。

“だからやっぱり、年上は強いんだ!”と、あるようでないような根拠をたてに、哀川さんは数々の武勇伝を打ち立ててきました!

その後、何かあると暴走族に送ってもらうこともよくあったんだとか!

朝の新宿で知らない暴走族を止めて、“ちょっと家まで送ってよ”とか、“ちょっとあそこの店まで送ってよ”とか、よくやっていたらしいです・・・💧

哀川さんいわく「一番早いよ。すごく丁寧だから」「タクシーなんかよりも道をよく知ってるしね」(笑)

なんだそうです・・・💧

哀川翔

【哀川翔さんの武勇伝!その②】
一世風靡のメンバーの結婚披露宴での話。

哀川翔さんと柳葉敏郎さんは会場に来た時からすでに酔っていて、次第に野次を飛ばすような迷惑な客と化していったそうです。

そして、披露宴に参席していたプロレスラーの天龍源一郎さんと三沢光晴さん(故人)、その近くにいた若いレスラーさんたちに「俺がタイガーマスクになる予定だったんだ!」などと哀川さんが言い始めたんだそうです。

柳葉さんも「プロレスなんて強くない、俺がみんなぶっ飛ばしてやる!」と叫びながら、二人で一方的に突っかかっていったとのこと・・・💧

柳葉さんは哀川さんに「翔ちゃんは天龍をやってくれ!」と言いながら、三沢さんに向かっていったらしいです。(^_^;)

そして、柳葉さんは体の細い若手レスラーに凄んでいて、それを天龍さんがニコニコしながら止めていたんだとか。

周囲の人たちは、酔った二人に嫌悪感を示していたそうなんですが、天龍さんの奥さんが「私たち、酔っ払いの扱いには慣れてますから」と、笑顔で取り繕ってくれていたんだそうです・・・💧

哀川翔

【哀川翔さんの武勇伝!その③】
哀川さんが、矢沢永吉さんと飲み屋でばったり会った時の話。

矢沢さんは立ち上がり、「矢沢です」と言って握手を求めます。

哀川さんも、「哀川です」と言って握手をします。

ところが、握手をしたまま無言で見つめ合うこと20分!

目をそらしたほうが負け? みたいな謎の戦いが始まって、引くに引けなかったんだとか・・・💧

後に、哀川さんは矢沢さんのことを「今まで会った大人で一番怖い・・・」と語っています。

矢沢さんは20分ほど経過した後、自ら握手をやめ一言。

「最高!」と言い放ったんだそうです・・・💧

その後、哀川さんと矢沢さんは焼酎をドボドボついで酒を作り、半分ずつ二人で一気飲みをしたと言います。

その時、哀川さんはべろんべろんに酔っ払ってしまい、“永ちゃん” の前で “永ちゃん” の歌を大熱唱!

矢沢さんのキャロル時代の代表曲「ルイジアンナ」を披露すると、矢沢さんがタオル投げならぬ “おしぼり投げ” を披露したといいます!

その後、二人は一緒に酒を飲む仲になったとのことです・・・💧

哀川翔

【哀川翔さんの武勇伝!その④】
哀川翔と俳優・中野英雄が出会った時の話。

もはや伝説になっているその出来事とは、哀川さんが19歳で中野英雄さんが16歳の時。

中野さんは十数人で、阿佐ヶ谷のガード下にたむろしていたんだとか。

その時、中野さんが身につけていたのは、いわゆるサファリ系と呼ばれる“ちょいワルおらおら系”ファッション!

頭にパンチパーマをかけて意気がっていました。

そこに哀川さんが登場!「おかしいだろ、お前。子供がそんなの着ちゃ!」と注意したんだそうです。

すると、中野さん。「なにぃ~!?」と言って哀川さんに殴りかかります!

しかし、哀川さんは3秒で中野さんをノックアウト!

それから、中野さんは哀川さんのことを兄貴分のように慕っているんだとか・・・

哀川翔

ドラマや映画でチンピラ風の役が多い哀川翔さんですが、実際の喧嘩も相当強かったようですね!

たった3秒で中野英雄さんをノックアウトしたことは、もはや伝説となっています。

哀川翔さんの逸話やエピソードはまだまだこんなもんじゃないようですが、あまりにもたくさん在りすぎるため、また別の機会にレポートさせて頂きたいと思います!

大変長々とお付き合い頂きまして、
ありがとうございました!

哀川翔14

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